カテゴリ:音楽&美味しいもん( 3 )

AVマニア♪ ①

ヘノさん
そのまんま東と会っとるし。


8年前にいなくなった父親「正實」が大すきだったAV。

いや、あっちの方じゃなくて「オーディオ&ビジュアル」のAVな、
最初に来たシステムコンポは「トリオのシスコン」。
プリアンプ・メインアンプ・チューナー・レコード・カセットデッキに

でっかいスピーカ♪

煙草・旅行以外は遊ばなかった親父でした、続きはそのうち。
ちなみに
d0021793_20542413.jpg

こんなのを通勤で使用していた「ファンキー親父By昭和」、
ちなみに親父は「初号機 Ⅰ 」がデビューです。


チュルリンパ♪





d0021793_2056569.jpg

ラーメン定食(御飯+キムチ)@550円♪

ほくと亭
TEL : 092-872-8338
住所 : 〒 811-1102 福岡県福岡市早良区東入部2丁目2-9
休:   P:あり(共有駐車場でどこでも可)

移転後初入店ですが「雰囲気サービス&味」は変わってないような♪
辛子高菜&タクアンが取り放題も嬉しいサービスです。


チュルリンパⅡ ♪

パクッタつもり(盗んだ)のスカジャンの持ち主から
 「キミきみ。えーかげんにしとけよ」って怒られて渋々返却したの巻


d0021793_21214144.jpg



持ち主に返却。(あ~怖かった♪)
サンパレス&キャンプ&愛宕浜で活躍?させて頂きました。


最近「矢沢ネタ」が多いですが
出身は「フォークソング」をお忘れなく、
15歳のコギは友人の家の「ヤマハのシスコン」で聞いた
このサウンド♪が今も忘れられないですな。






[PR]
by cogi0225 | 2007-12-17 20:45 | 音楽&美味しいもん

祭りのあと

ルー語でお楽しみくださってもケッコウですヨ!!

10月から始まった「コギちゃん、秋の大収穫祭!豊年万作だよ~ん!!」

鶴瓶のらくだ
矢沢永吉のTHE REAL
d0021793_17531844.jpg

THE REALのお札(チケット)です。

北島三郎博多座特別公演








そして、ついに「打ち上げ」のこれ。オオトリですポテチン(←鳳ケイスケ)。
桑田佳祐LIVE TOUUR 2007 タイトルはめんどくさいので写真で
d0021793_1893690.jpg

d0021793_1810365.jpg

d0021793_18102131.jpg

d0021793_18103718.jpg

もうサイコウです!

もぅ「どんたくぅ~~♪」ですなby「IKKO」どうでもいいけど、いちおHPです


フミオさんきっかけで
ウェーブを7回くらい起こしてもらったり。最後のさいごには「桑田の奥さん」まで登場し、
まるまる 3時間♪♪ さんじかんですヨ♪♪(一回トイレに行きました・・)


今年のイベントはどれも楽しかったです。
いつもの「祭りのあと」はさみしくて
「もう終わりか~」 
「もう少しだけ トロ~っと行けませんか?」
なんて感じでしたが今年は全然違うんですヨお客さん♪





なんかねぇ
「♪素敵な時間をありがとうございました!
       また明日から頑張るチカラをもらいました♪♪」

なんか、そんなカンジでした。


ご一緒してくれたtake4フミオharu・こうじろう・とりにくゆうこさん(ほぼ年齢順)
サイコウの時間をありがとうございました、
ステージ上にはてんもりさん&フミオをガラ悪仕様にしたような「ペット」もおったしな♪♪
祭りのあと♪




d0021793_18393841.jpg
あまりの楽しさに「気がふれた」EZM。



気がふれたあまりに「踊り狂うステキなおやじ」
d0021793_1842284.jpg

d0021793_18413711.jpg


信秀本店
TEL : 092-281-4340
住所 : 〒 812-0027 福岡県福岡市博多区下川端町8-8

この店にはこんな「お宝」もあります!





d0021793_1848499.jpg

[PR]
by cogi0225 | 2007-11-22 17:49 | 音楽&美味しいもん

音楽♪


二村定一ジャズ

二村定一
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
移動: ナビゲーション, 検索
二村定一(ふたむらていいち、本名・林貞一、1900年(明治33年)6月13日 - 1948年(昭和23年)9月12日)は、昭和初期を代表する歌手・ボードビリアン。山口県下関市の出身。


[編集] 略歴
大阪薬学校を中退し、一時下関に帰省するが、その後上京して浅草オペラの高田雅夫に弟子入りをする。1920年(大正9年)、根岸歌劇団に参加し「二村貞一」の芸名で金竜館で初舞台を踏む(『嫁の取引』)。芸名はまもなく二村定一という表記で定着する。1930年(昭和5年)、カジノ・フォーリーの公演に参加して以来榎本健一と行動をともにし、同年一緒にプペ・ダンサントに加入、川端康成により新聞小説「浅草紅団」に紹介され、一躍大人気を博した。

レコードについては、1925年(大正14年)からニッポノホンで「テルミー」などの外国曲を吹込んでいたが、昭和に入ると、譜面が読める歌手として天野喜久代とともに、堀内敬三によって起用され、放送オペラに出演するほか、1928(昭和3年)にはニッポノホン、ビクターで吹込んだ堀内の訳詩による「青空」「アラビヤの唄」が大ヒット。1929年(昭和4年)にはビクターから発売された「君恋し」「浪花小唄」「神田小唄」が連続してヒットし、佐藤千夜子ともにレコード歌手第一号と呼ばれた。

[PR]
by cogi0225 | 2007-11-18 23:39 | 音楽&美味しいもん